Marvin Gaye

The Star Spangled Banner

1984/1995 "the master marvin gaye 1961-1984"
MOTOWN 31453 0492 2/CD




 9月11日のアメリカへのテロ行為に強い怒りを覚えます。犠牲となられた方々へお悔みを申し上げるとともに、被害から立ち直ろうとしている全ての人にがんばれとお伝えしたい。僕たちは音楽を通してアメリカという国を思い描いてきたわけで、そのアメリカが傷ついている。あるいは戦争に向かおうとしているのかもしれない。すごく複雑な思いがあります。こんな時、単なる音楽リスナーに過ぎない僕たちは、達郎さんも放送で無力感と口にされていましたが、まさに何もしてあげることができません。しかし何か書かずにはいられません。
 アメリカに、ニューヨークに暮らしている人たちの受けたショックはいかばかりかと思います。こんな中、音楽がアメリカの人々をなぐさめ、そしてさらには奮い立たせている映像を何度も目にしました。再開されたニューヨーク証券取引所や大リーグ野球でも「God Bless America」などが歌われていました。 14日金曜正午にワシントン大聖堂で行われた歴代大統領列席の国家祈祷式の生中継をCNNで見たのですが、讃美歌を中心とした音楽とキリスト教の持つ力はテレビの画面を通じても圧倒的でした。この意味とありがたみはキリスト教信者でない私にもよくわかりました。みんなこのなぐさめを待っていた、この祈りなくして全ての復興はありえないと。しかし式の最後が「リパブリック賛歌」(♪おたまじゃくしは〜の曲です)による軍人の行進に移るのを見ると複雑な気持ちになりました。音楽が「なぐさめ」と「戦い」という相反しかねない事象と向き合わねばならないのだと。


 この Marvin Gaye によるアメリカ国歌「The Star Spangled Banner」は、バスケットボール会場、1983年のNBAオールスターゲームの開幕式での実況録音です。この曲は多くのアメリカのスポーツイベントで歌われますが、これほど聞きごたえのあるものを知りません。そもそも珍しいことに、この国歌独唱はオケつきです。「Sexual Healing」(82)の翌年ということで、例の一世を風靡したコンピュータ伴奏を Marvin 本人がシコシコ打ち込んで来たものと思われます。この曲で Marvin 唄いません。押えにおさえた語りの様な歌唱が、かえって観客の興奮を煽ります。シャウトするのは終盤のたった一度 "Land of the Free" の部分だけです。観客の熱狂が手に取るようにわかるパフォーマンス。この歌詞は19世紀初頭の英国からの独立をかけた戦いを、相当生々しく描写したものですが、Marvin の歌唱には、曲への距離感が存在します。冷めた眼差しと、芸があります。決して熱狂を煽ることなく、音楽が存在しています。
 これからの事態の解決には、どのような道が待ちうけているのかわかりません。しかし音楽は「なぐさめ」と「戦い」双方の傍にあります。「なぐさめ」や「はげまし」は、心からあつく。そして「紛争」は、情緒ではなくクールに知恵と論理にて解決してもらいたいと思う次第であります。
 この曲は標記のボックスセット他、いくつかのベスト盤に収録されています。

(たかはしかつみ)




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