Dr. John

Right Place Wrong Time

1973-1992 "The Dr.John Anthology - Mo's Scocious"R2 71450/2CD





音楽に特別な土地柄というのがある。ナッシュビル、メンフィス、ロスアンゼルス、デトロイト、。。。いくらでもあるが、彼らが紹介してくれなかったら印象はずっと違ったものになっていただろうと思うのがニューオリンズだ。8月に銀次さんらのバッキングによる布谷文夫のライブで"Right Place Wrong Time"を聞いた。上原ユカリ氏のハイハットはきっちりリズムをたたき、布谷さんのヴォーカルは、パワフルで、そしてあやしげだった。


ニューオリンズはジャズの発祥の地と知られているし、R&Bの父の一人 Fats Domino もこの都市の生まれだ。いわばアメリカの音楽の母とか何かと呼べる総合音楽都市のはずである。しかし彼らのおかげで僕たちは、ちょっと不思議な言葉たちと結びつけて、この都市を記憶している。セカンドライン(よたよたリズム)、マルティグラ(彼の地の謝肉祭)、ブードゥー教(おまじないで病気を治す)、クレオール(混血文化)、バイユー(ワニのすむ沼)、ガンボ(ごたまぜスープ)。。。彼らとは Dr.John であり、Allen Toussaint であり、大滝詠一であり、細野晴臣であり、たぶん布谷文夫でもあったのだ。彼らのせいで、日本にいる僕の頭の中のニューオリンズは、ジャズでもR&Bでもファンクでもない、リズムが豊かで茶目っ気があって、独特の風土文化に結びついた、あやしの音楽の都、ということになってしまった。その原因の始まりと終わりを正確に記述するのは困難だが、主要事は短期間の間におきている。
『Gumbo』(Dr.John/'72)、『Right Place Wrong Time』(Dr.John/'73)、『悲しき夏バテ』(布谷/'73)、『Sothern Night』(Toussaint/'75)、『ナイアガラ・ムーン』(大滝/'75)、『トロピカル・ダンディ』(細野/'75)。こういったテキストを僕は80年代前半に一気に摂取した。そのおかげでおかしな都市が頭の中に出来上がってしまったのだ。その数年後、僕はニューオリンズを訪れることになる。そこは海の幸がいっぱいで、お色気がいっぱいで(この点においては十分あやしいが)、ジャズでもブルースでもいっぱいの、正統に楽しいミシシッピ河口の都市であった。でも僕はニューオリンズが、観光客であふれるバーボンストリートの裏側が、わかった気がした。
前述の通り、Dr.Johnがこの曲を発表したのが1973年。バックはAllen ToussaintとThe Metersという強力ニューオリンズ連合だ。簡素だが血のたぎるリズム隊、要所に決めにくるホーン、オルガン、それに女声コーラス。彼の最大のヒットシングルになったといってよい。そして僕がニューオリンズに行った翌1989年、ドクターはRingo Starr and His All Starr Band の一員として来日。武道館で「Iko Iko」とこの曲を歌ってくれた。インディアンの羽根を付けて、フリフリ踊ったパフォーマンスだったと思う。

ニューオリンズは特別な音楽都市であり、セカンド・ライン・リズムは一つのエピソードに過ぎないかもしれない。大滝さんや細野さんにしても、あのあやしいニューオリンズを追求していたのは、ほんの短い期間である。にもかかわらず僕の頭の中のあやしげなニューオリンズ音楽は、音楽史のどの一章にも劣らない重要なものなのだ。

(たかはしかつみ)




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