2012.10.28 | ||
福生ストラット(パートII)
大滝詠一 Niagara Moon (1975) |
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『Niagara Moon』の95年のライナーノートで大滝詠一は、「ノヴェルティー・タイプの曲はメロディー・タイプと違って圧倒的なエネルギーを必要とします。熱に浮かされて勢いで作る、(中略)ノヴェルティー・タイプに取って一番重要なのはサウンドです。サウンドに色がないと、その言葉や意図だけが浮いてしまいます。言葉とサウンドが綿密に絡んでこそ成立するタイプの楽曲です。」と書いている。このアルバムは今にも立ち上ってくるような熱を持っている。
とりわけ「福生ストラット」には濃密な質感を伴ったエネルギーが充満している。
林立夫のドラムと細野晴臣のベースの畝ねるようなリズムに絡みつく、跳ねて転がるような佐藤博のピアノ。ライナーノートによると構成だけを決めてあとはメンバーの自由演奏によるものだったという。ほとんど一発録りに近いような恐ろしく緊張感の高い演奏。当時二十代だった彼らがこれだけのグルーヴを表現していることに恐れ入ってしまう。この曲を聴いていると自然と身体がリズムを刻み出す。
佐藤博さんの突然の訃報が舞い込んできた。
佐藤さんはシンセサイザーをいち早く取り入れたりしながら精力的にリーダー・アルバムを制作してきたが、僕は数々のアーティストのバックで聴くことのできる彼のピアノが好きだった。
必ずしも派手な活動をしてきた人ではなかったが、クレジットに佐藤さんの名前を見つけると「お、ピアノは佐藤博さんだ」と思いながら耳を傾けてきた。僕にとって佐藤博という人はそんなミュージシャンだった。上手いピアニストはたくさんいるが、確固たるスタイルと色を持ったピアニストとしては日本で随一の人だったと思う。
佐藤さんが参加した演奏は数多く残っている。山下達郎の「ふたり」や「月の光」、作曲とアレンジも手がけた吉田美奈子の「朝は君に」など好きな曲はたくさんある。
そうした中でも僕の中での佐藤さんのベスト、最も素晴らしい演奏を聴かせてくれたのが『Niagara Moon』のトラックの数々だと思う。「三文ソング」、「論寒牛男」、「ロックン・ロール・マーチ」、「ハンド・クラッピング・ルンバ」、「楽しい夜更し」そして「福生ストラット」。佐藤さんのその後のキャリアからするとちょっと意外な気がしないでもないのだが、改めて聴き返してみると実はProfessor LonghairのようなニューオリンズR&Bのスタイルというのは、彼のルーツでもあって得意なパターンだったのではないだろうか。それほどに南部の雰囲気あふれる素晴らしい演奏だと思う。もちろんキャラメル・ママの面々も含めて、"言葉とサウンド"という意図をきちんと解釈して表現できる技量と感性の高さ。
このレコードにはまさにその時のその一瞬の熱が切り取られて残っている。音量を上げてヘッドフォンで「福生ストラット」を聴き始める。イントロの転がるようなピアノと突進していくリズム・セクションに、目の前で演奏しているかのような錯覚を覚えて全身が泡立ってくる。圧巻のセッションだと思う。
レコードに刻まれた佐藤博さんの生前の功績を偲び、ご冥福をお祈りいたします。
Hiroshi Sato - June 3, 1947 - October 26, 2012 rest in peace
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