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2013.02.09
シェットランドに頬をうずめて

シェットランドに頬をうずめて

竹内まりや

VARIETY (1984)

竹内まりやの曲の中でどの曲が一番好きかと問われたら僕はこの曲を選ぶ。アルバム『VARIETY』の最後にひっそりと収められているこの小品は、シングルはおろかベスト盤にも選ばれていない地味な扱いの曲なのだけど、昔から僕はこの曲に惹かれている。
竹内まりやには名曲も好きな曲もたくさんあるけれど、どういうわけか僕はこの静かな佇まいの曲が一番好きなのだ。

結婚後の休業中に彼女はスコットランドを一人旅で訪れ、その時の印象を曲にしたのだという。
美しい田園の広がるスコットランドは雪はさほど多くはないが冬の寒さは厳しく、そこに住む人々はつましくそして質実な生活を送っているのだと思う。

ほかに誰も知る人のいない小さな街で二人きりで過ごすというのは、お互いが相手を映し出す鏡のような存在となって、まっすぐに相手のことを感じとることになるのかもしれない。そしてそれはきっと厳しい荒涼とした土地だからこそ深く成就するのであって、暖かい楽園のような南の島ではダメなのだ、多分。
お互いを頼りとしお互いを助けとして寄り添って過ごす遠い田園の冬。異邦人としてそんな環境に置かれたらあまりにも切ないではないか。きっと相手のことが2割増しぐらいに見える程度には誤解する (笑) 。

印象的なセブンスのコードで始まるこの曲は、最初のうちはとても哀しく聴こえるのに途中から穏やかな温かさと、そして懐かしさのような安心感に包まれる。
そんなことを友人と話しているとその友人が竹内まりやはスコットランド民謡にインスピレーションを受けてこの曲を作ったのではないかと言う。
なるほど、そう言われてみるとイントロはフィドルを意識した弦の響きのようにも聞こえるし、間奏の向井滋春の味のあるトロンボーンはホルンの音色にも似ている。
いわゆる「ヨナヌキ」のスコットランドの民謡は昔から日本人には馴染みの深いものが多い。幼い頃から聞いていたスコットランド民謡の、例えば「アニーローリー」のような曲に感じる懐かしさ。この曲に感じるある種の懐かしさとどこかでつながっているのかもしれない。

暖炉に火を入れて寄る辺なく揺れる炎のそばで編むシェットランドウールのセーター。世界にただひとつのセーターは、だからこの愛が他のどこにもないものであることとして贈られる。
「他のどこにもない唯一のもの」という舞台設定を持っているから、この曲の佇まいに僕は惹かれるのだと思う。

詞に込められた静謐な愛のありようと楽曲から感じる深い安堵感は暖炉の炎にも似て、この曲を聴くたびに僕は鼻の奥がツンとなるのだ。

"世界にただひとつだけの愛のしるしを贈ろう"


今日の1曲


(Kazumasa Wakimoto)