2013.06.06
冒険王
南佳孝
冒険王 (1984)
松本隆がプロデュースして後のキャラメル・ママのメンバーがバックを務めたこのアルバムはポストはっぴいえんどの扉を開いたアルバムと言えるかもしれない。
松本はシンガー・ソングライターという立ち位置のミュージシャンがまだ一般的ではなかったこの時期に、そのアイデンティティを確立させようという明確なスタンスでアルバムをプロデュースしており、制作側にオリエンテッドなアルバムになった。
以降、松本−南コンビで「スローなブギにしてくれ」をヒットさせたり、アルバム『SILKSCREEN』で何曲か一緒に曲を作ったりしているが、再び松本が全面的にプロデュースして制作されたのがこの1984年の『冒険王』。
このアルバムは、コンセプト・アルバムとして南佳孝が自らの新境地を開いた傑作だと思うのだけど、プロデューサー松本隆としても最高傑作と言っていいと思う。
詞、曲、アレンジ、演奏、ジャケット・・・、どこをとっても申し分ない。30代半ばを迎えていた松本−南の最も脂の乗りきった時代の充実ぶりが伺える。
アルバム全体に流れる世界観もロマンティシズムに溢れている。切なくて勇気が出る。
まず目を引くのがジャケット。プラモデルの箱絵やサンダーバードの挿絵、少年画報の作画などで知られる画家の小松崎茂を起用。このジャケット・デザインの雰囲気が素晴らしく、アルバムのコンセプトをこれ以上にないほど表現してくれている。当時はLPだったのでなかなかに存在感のあるジャケットだった。
どうしてここまでこのアルバムに強く惹かれるのか・・・。それはどの曲をとっても少年の誰もが大人になっていく過程で経験する通過儀礼が表現されているからだと思う。
一心に自転車をこぐ、胸の奥に生き続ける遥かな「子供」の頃 (「オズの自転車乗り」) 。SFやファンタジーに心を躍らせて夢中になってSF小説や冒険小説を読みあさった小学生のあの頃 (「80時間風船旅行」、「浮かぶ飛行島」、「火星の月」、「宇宙遊泳」) 。映画で見るマフィアのセピア色のダンディズムに憧れていた高校時代 (「黄金時代」) 。学生運動はもう遠くにあったけど、デカダンスを気取ってコルトレーンを聴きながら背伸びしてピースをふかしていた学生時代 (「PEACE」) 。傷ついたり傷つけたりしながら心はいつも千々に乱れていたあの頃 (「素敵なパメラ」、「スタンダード・ナンバー」) 。どの曲をとっても男の子が男になっていく過程で、憧れたりシンパシーを感じたりする世界観が歌になっている。だからあの頃の懐かしさと今も感じることができる切なさとが胸に迫ってくるのだ。
そして少年はやがて大人になり、脱出願望とともに思い出だけを胸に冒険へと旅立っていく。松本は言う。微熱少年は冒険王になりたかったというのが本心だと。
今日の1曲
(Kazumasa Wakimoto)