2019.05.17 - Songwriter | ||
442 Glenwood Avenue
John Madara-David White - Songwriter (1965) |
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(2019年5月12日SSB『最近亡くなったミュージシャンをしのんで、棚からひとつかみ』で Danny & The Juniors "Rock And Roll Is Here To Stay" がかかったので、)
Songwriterシリーズ、
今回は John Madara-David White を取り上げます。
2人はロックン・ロール黎明期から活躍し、1960年代にはプロデュース、ソングライターチームとして活躍しました。フィラデルフィアでは Jerry Ross や Billy Jackson と並ぶ存在として多くの楽曲をプロデュース、楽曲を残しました。
今回は2回に分けて紹介していきたいと思います。この第1回目は1960年代前半、特にガールシンガー、ガールグループに提供した楽曲を聴いていきたいと思います。
John Madara は1936年生まれ。音楽プロデューサー、ソングライターの Artie Singer のペンによる曲、"Be My Girl" でシンガーとしてそのキャリアを出発させています。
Be My Girl (Artie Singer) / Johnny Madara (1957)
一方、David White は1939年、フィラデルフィア生まれ。1955年頃、Danny Rapp というリード・シンガーを中心としたボーカル・グループ、The Juvenaires に加入しています。The Juvenaires に先に登場した Artie Singer がプロデューサーに就くことになり、グループ名を Danny & the Juniors に変更します。
1957年にこの Artie Singer を介して、David White と John Madara は出会うこととなり、Artie Singer を含め、"Do the Bop" という曲を共作します。American Bandstand を司会をやっていた Dick Clark の薦めもあり、タイトルを"Do the Bop" から "At the Hop" に変更。その年から翌年にかけて大ヒットとなり、「ロックンロール」黎明期の代表曲となります。その後も同様のナンバー、"Rock 'n' Roll Is Here To Stay" などヒットが生まれ、人気グループとなります。
At The Hop (Artie Singer-John Madora-David White) / Danny & The Juniors (1957)
1957年、2人の出発点となったナンバー。楽曲を書いた Artie Singer はロックン・ロール時代以前から活躍していたソングライター、音楽プロデューサーです。1957年のゴールドディスクに輝き、数多くのミュージシャンに取り上げられ、何度か訪れてきたロックンロール・リバイバル・ブームで必ず語られる曲です。1969年には Sha Na Na が取り上げ、1973年には映画『American Graffiti』に登場しました。
1960年、John Madara と David White は本格的にシングライター・チームとなり、Madara and White Productions を設立。 1961年、Chubby Checker に "The Fly" という曲を提供したことを皮切りに多くの楽曲を書いていくことになります。そして1963年から1965年辺りにかけて The Secrets、The Pixies Three、The Sherrys、 Maureen Gray、April Young(Jerry Ross 夫人)、The Orlons、The Sweet Three などにガールグループに楽曲提供していきます。
You Don't Own Me (John Madara-Dave White) / Lesley Gore (1963)
1963年、Quincy Jones のプロデュースの下、リリースした曲。Billboard Pop Singles Chart の2位のヒットとなります。これまでにない憂いを持った曲ですが、Lesley Gore の歌唱に説得力あります。
The Boy Next Door (John Madara-Dave White) / The Secrets (1963)
オハイオ、クリーヴランド出身の3人組ガールグループに提供した楽曲。この時期、Madara-White は、どの曲も溌剌とした楽曲です。アレンジを Madara-White、そして Shirley And Lee として活躍していた Leonard Lee が担当しています。
442 Glenwood Avenue (John Madara-Dave White) / The Pixies Three (1964)
Madara-White の楽曲の中でも粒ぞろいな楽曲が揃っているのはこの The Pixies Three だと思います。The Pixies Three はペンシルバニア、ハノーバーで結成されたガールグループ。1964年、Mercury Records からのセカンドシングルはA面、"442 Glenwood Avenue" 、B面、"Cold,Cold Winter" といずれも Madara-White の作品となりました。この曲は昔から大好きなナンバー。とにかく明るく溌剌としています。
Cold Cold Winter (John Madara-Dave White) / The Pixies Three (1964)
"442 Glenwood Avenue" のB面曲。この頃はA面に溌剌な曲、そしてB面にはちょっと雰囲気のあるロマンチックなナンバーを持ってくることが多いですね。この曲は後に大滝詠一さん「君は天然色」、「うれしい予感」に影響を与えました。
After The Party (John Madara-Dave White) / The Pixies Three (1964)
The Pixies Three からもう1曲。これもロマンチックなスロー・ナンバーです。アレンジはジャズ出身の Leroy Lovett が担当しています。
Dawn of Correction (John Madara-Dave White-Ray Gilmore) / The Spokesmen (1965)
1965年にヒットした Barry McGuire の "Eve of Destruction" のヒットを受けての作品。いわゆるプロテスト・ソングです。The Spokesmen とは John Madara、David White、Ray Gilmore の3人組によるグループです。
2回目に続く。
*写真は左から John Madara、Joey Heatherton(女優)、Dave White、Jimmy Wisner(アレンジャー)