拝啓 愛しの竹内まりや様

長かった梅雨もようやく終りの兆しを見せ本格的な夏を迎えようとしていますが、いかがお過ごしでしょうか。
先日、あなたの武道館でのステージを拝見させていただきました。登場したとたんに満員のお客さんはあなたの颯爽とした姿に釘付け。しばらくライブ活動をお休みされていたとは思えない実に見事なパフォーマンスで本当に来て良かったと思いました。Variety 以来全面的にご主人に委ねてきたあなたの音楽は、ともすればご主人の作るサウンドに耳を奪われがちなのですが、武道館でのあなたの言葉とメロディー、そして歌はそれに負けない風格を備えていました。結婚、出産、育児、妻として母として責任を全うしてきた自信と誇りがあなた自身を一層大きく成長させ、堂々と私達の前に現れたのでした。
大学生でデビューした頃のあなたは、当時としては洗練されたサウンドにのせて恋への憧れを歌い、アイドルとして、また同世代の代弁者としてファンから多くの共感を得ていたように思います。一方あなたよりも少し年下の私にとっては憧れの人だけれども、手の届かない遠い存在のように感じていました。そのため、かつての私はあなたの熱心なリスナーであったとは言えません。
しかし年齢を重ね、若い時程年齢の差が大きいものではなくなると共に、あなたの歌うテーマも自分自身の言葉によって大人の心情を吐露するものへと変化していきましたね。同時に私自身も家庭を持ってあなたと同じような境遇になってくると、なぜかあなたへの思いが徐々に深まっていくようになったのです。
あなたの歌に惹かれるのは男の弱さを知っているからです。そしてその弱さを認め、許してくれるやさしさと力強さがあなたの音楽にはあると思うからです。どんなに強がってつっぱっていても、自分の弱さを見透かされていると知った時、そんな強がりは無駄な事と悟ります。そしてそんな弱さを許してくれるのだとしたら、こんなに救われる事はありません。素直な気持ちでいられる事の安心感をあなたは教えてくれたのです。かつて、自分の生き方に疑問を感じてしまったことも、こうして再びあなたの姿をお見かけ出来たりあなたの音楽に触れられたことで、これで良かったのかなと思えるようにもなれましたし、日々の生活にも張り合いが増してくるような気がしています。
最後に少しだけあなたにわがままを言わせて下さい。
先日のステージであなたはファンも含め周囲の方々への感謝をしきりにされていました。またご主人の紹介の際にはこの人無しでは自分の音楽はあり得ないような事もおっしゃっていました。
確かに精神的な支えとしての夫・山下達郎の必要性は十分に承知していますが、あなたの音楽そのものはそんなにか弱いものではありません。山下達郎なしでも十分成立しうるものだと個人的には思っています。お子さまも大きくなられ、育児にもゆとりが出てきた今、あなたに秘められた様々な音楽をもっともっと聞いてみたいというのは無理なお願いなのでしょうか?
今年出るであろうと噂されるあなたの新しいアルバムではどんな世界を聞かせてくれるのか、今から大変楽しみにしています。
そしてまたどこかで、あなたに会いたいです。

敬具

片尾周一





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