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同じ1986年発売の山下達郎のアルバム『ポケット・ミュージック』が言及される際には必ず「デジタル・レコーディングとの格闘」という枕詞が付くのと同じく、この作品にも「プロデューサーとの確執」というフレーズが必ずまとわり付きます。この組合わせを知った時は「『誓いの明日』+『ミート・ザ・ユートピア』VS
『25 O'clock』の対決か」などとわくわくしたものでしたが、「対決」は「対立」の方向に大きく傾いてしまったようです。しかしながら作品内容はこちらの想像を越える物となりました。
本作はレコード会社よりアメリカ市場での成功を期待され、アメリカ人のプロデューサーと組み、初めて海外でレコーディングされました。その結果、これまでの彼らの作品とは一線を画する物が出来上がりました。一言で言えば極めてわかりやすく、耳当たりが良い。XTC 特有の屈折感/ひねくれ感が大幅に抑えられた内容です。そして、Skylarking は XTC において最も統一されたコンセプト・アルバムという点でも異色です。このコンセプトを決定したのがプロデューサー Todd Rundgren で、ある夏の一日の朝から夜までの経緯、あるいは誕生から死に至るまでの時の流れを表現する作品として構成されました。CD 化に際しても、通常の XTC の CD アルバムに付きものの Bonus Track の追加がこの作品では(収録容量に余裕があるにも関わらず)行われなかったことから、これがいかに完成されたコンセプトであったかが伺われます。ただ米国盤では曲の差し替えが行われましたが。 また、Beatles や Small Faces などの60年代ロック、50年代ジャズ、ミュージカル音楽など、XTC とTodd Rundgren 共通のルーツを思わせる音像が随所に聞かれます。The Dukes of Stratosphear の成功を踏まえてか、XTC としては初めて50'sや60'sへの回帰的指向が全面に現われた作品となりました。ちょうどニュー・メディアとしての CD が市場に出始め、CD復刻や音源発掘に伴う過去の音楽への再評価熱が高まりだした頃だったという背景もあり、タイムリーな内容でもありました。 個々の曲もポップで明るく爽快感があります。まぶしいほどの明るさに満ちた「Summer's Cauldron」〜「Grass」、Todd Rundgrenらしいキーボードとドラムの音色が比較的現われている「The Meeting Place」と「Earn Enough For Us」、初めて Beach Boys に挑戦したという「Season Cycles」、Dave の手による Eleanor Rigby 的なストリング・アレンジが見事な「1000 Umbrellas」、これまた『Revolver』の印象がある「Big Day」、そして「That's Really Super, Supergirl」の華麗なギターソロも聴きどころの一つ。 後半になると日昏や夜のイメージで、Andy が「未来派の50年代ジャズだ」と最も気に入っていたという「Another Satellites」、Todd の手によって50年代スパイ映画的な仕上りになった「The Who Sailed Around His Soul」、Colin の手による悲しげなバラッド「Dying」と壮麗なストリングが聞かれる「Sacrificial Bonfire」で幕を閉じます。 ポップである反面、Andy は自身のもう一つの側面であるラジカルな楽曲が Todd により候補から全て外されたことに多いに不満を持っていたようです。そうした曲が「XTC Home Demos」として後に公開されるのですが、これがその後の「XTC デモ音源開陳大会」のきっかけともなりました。また、Andy とは対照的に Colin が候補に挙げた曲が全て採用されたことも、Andy に不満を募らせることともなり、Andy と Todd の対立、更には Colin との対立を生んでしまい、レコーディングの風景は音楽の内容とはかけ離れた苛酷なものだったようです。 自分の理想とはかけ離れた作品が出来上がったことで、当初 Andy は本作を失敗作と決めつけていましたが、皮肉にも世間の反応は全く逆転し、特にアメリカでは後述の理由により XTC は久々に商業的な成功を手にすることができました。ただし母国では全く売れなかったようですが。いずれにせよ、Dukes と『Skylarking』とで、再び XTC は活気付きました。 評論家からの受けも良く、Rolling Stone 誌の1980年代ベスト100アルバムの1枚に Skylarking の名があります。また、日本でもそれまでに無いほどの高い評価を得ました。 (English Settlementの時は雑誌「ミュージック・マガジン」の年間ベスト10では一人も挙げていなかったにも関わらず、Skylarking の時は実に8人も挙げてました。中村とうよう氏までも! ) ところで、元々アルバムに入れる予定だった「Dear God」は、Virgin サイドと Andy の反対により「Another Satellite」に変更されて発売されました。しかし米国で Single「Grass」のB面に入られていたこの曲がカレッジ・ラジオから火が付いてヒットしたため、米国盤 Skylarking では曲の差し替えが行われました。私などは何も「Mermaid Smiled」を抜かなくてもと思ったのですが。 なお、日本盤での「Dear God」の登場は、1995年発売のシングル集 Fossil Fuel まで待たねばなりませんでした。今や名曲の名を欲しいままにしている歌にしては、なんとも数奇な運命を辿っています。 |
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